「銀河鉄道の夜TYPING」の製作もゴールが見えてきた中、私はある計画を胸に秘めていました。それは休暇をとって岩手県にある宮沢賢治の里を訪ねるというもの。 「なぜ?」 理由は二つあります。 一つは、このプロジェクトを進めるにつれて、素直にある気持ちが大きくなってきたからです。賢治が生活した地に立ち、彼が踏みしめた大地を歩き、彼が吸った空気を吸い、彼が見上げた空を見上げ、彼が眺めた川を眺めてみたいという気持ちです。そうすることで賢治の想いにより近づくことができる、そんな気がしたのです。 もう一つは、賢治作品をモチーフとした作品を出すにあたり、どうしても賢治の権利物等を管理されている親族代表者にご挨拶したいと思ったからです。賢治の生誕後、すでに100年を越える時が経ちました。著者没後50年で著作権は消滅します。ですが、全国の出版社の心ある担当者は賢治作品の発行にあたり、賢治の権利物管理者にその挨拶をするのが慣わしとなっていると聞きました。これまでは賢治の実弟である清六さんが親族を代表してその任にあたっておられましたが、清六さんも一昨年春97歳でお亡くなりになりました。どなたがその後を継がれたのかはわかりませんが、礼儀としてその方にご挨拶したいという気持ちが強かったのです。 ある晩、KAGAYAさんのスタジオを訪れた際に、その計画をポツリと話してしまいました。するとKAGAYAさんもちょうどその時期空いているので、取材旅行も兼ねて一緒に行きましょうということに。さらに、今回の賢治の里旅行の絶好のナビゲーターも紹介してくださいました。KAGAYAさんの友人であり、高名な宮沢賢治研究家でもある加倉井さんです。現在の賢治の権利物管理者との仲立ちもつとめてくれることになりました。 いざ、賢治の里花巻へ 12月14日(土)
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いかがでしたでしょうか。 次回は、賢治の里を訪ねて、岩手県の花巻を訪れた際の風景(2)を予定しています。
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